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THE SOUND OF SECRET MINDS

LSTDのブログです

本当はドラムがやりたかった、、、。

10代の後半は無謀にもギタリストを目指した事もあったが、本当はドラムがやりたかった。
「楽器への芽生え」という点では小学生の頃はドラムセットに憧れがあった。小学校の音楽室で小太鼓やシンバルやタンバリンさえも机の上に並べてスティックで叩きまくって遊んだり、近所の兄ちゃんが組んでいたバンドが練習場所にしていた倉庫が我が家の裏にあったのだが、暇さえあればドラムセットを覗きに行っていたし、楽器屋で貰ってきたTAMAやYAMAHAのドラムセットのカタログを眺めては、うず高く積み上げられたタムやシンバルと格闘する妄想にふけったものだ。ただ子供心にも「ドラムは高価で敷居が高いもの」という認識があったので、手に入れるために小遣いを貯めたり親にねだったりすることもなく、ただただ憧れるだけの存在だった。

そんな少年がギタリストを目指すようになったのは、たまたま、その近所の兄ちゃんから要らなくなったエレキギターを貰って、それが音楽に目覚めたばかりで「ドラムは無理でも、とりあえず何でもいいから自分の楽器が欲しい」と思っていた少年には願ったり叶ったりのプレゼントで、全てはそこから始まった訳だが、今日はその話ではない。
大人になって色んなバンドを見る度に、先ずはドラマーのスキルを確かめる癖があるのも、ドラムに憧れていた少年期の影響があると思うのだが、今日はその話でもない。


ジョニー吉長が死んだ。

彼の訃報を聞いて、本当はドラムがやりたかった事を思い出した。


JOHNNY,LOUIS&CHAR - YOURE LIKE A DOLL BABY [LIVE] -


私がドラマーを見る際には、そのドラミング・スキルへの興味は勿論だが、先ずは『ドラムセットに囲まれても自身の存在が埋もれないだけのオーラを発しているかどうか』に目が行く。早い話がカッコいいかどうかだ!
そう言う意味で、コージー・パウエルジョニー吉長は私の中では2大巨頭だった。
双方とも『大して演奏を聴き込んでいるわけでもないのに』である。無責任にも程があるが、見た目のイメージですっかり自分の中で出来上がってしまった『ドラマーとしてのアイコン』が彼等だった。ロック・ドラマーと言うと必ず脳内でこの二人のどちらかの姿が浮かぶのである。

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謹んでジョニー吉長氏のご冥福をお祈りいたします。

彼がドラムを叩く姿を見ることは出来なくなってしまいましたが、ロックミュージシャンとしてのカッコ良さと、演奏家としての類い稀なスキルは、ノブアキ・ケンスケの二人の子供達が引き継いでくれることでしょう。

そういや、RIZEのデビュー時、Charの倅とジョニー吉長の倅がバンドを組んだと聞いて、激しく萌えたなぁ。